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網野~はだしのコンサート~


どうも。しんたです。

もうすぐ梅雨入りだそうで。
空も最近雲が多くて、空気自体も水分を含んでるように感じます。
そうは言っても夜になると滋賀には相変わらず涼しい風が吹いてます。
僕が住んでるマンションが田んぼに囲まれてることも一因でしょうかね。


さてさて、今年も行ってまいりました。網野!!
ドンが「オギャー!!!」と産まれた土地です。


大昔、10年前のドンの先輩(その時はドンは存在しなかったが)
が日本海の重油流出事故の際に、沖に打ち上げられた重油を
回収する作業をボランティアで行なっていたそうです。

その回収に行った場所が泣き砂で有名な琴引き浜、そう網野です。

今ではこんなに綺麗な浜です!!


(ここからは、網野はだしのコンサートの打ち上げに参加しまして、
実際に網野の人達と話した僕の主観たっぷりでお送りします。)



重油流出当時は、ニュースでも大きく取上げられていたので知ってる人も
いるでしょうが、浜辺が重油で真っ黒になるぐらいの被害がありました。

そんな被害を受けた琴引き浜を守ろうと網野の人達は立ち上がったのでした。
自分達の手作業で重油を回収されたそうです。
そこに後のドンの創設者の方々がボランティアで参加していた。

網野の人たちは政府がどうこうとか行政処置がどうこうとかよりも
先に動き出したそうです。「浜を守りたい!!」という気持ちで。

そうやってパッと動けることがすごく大事ですごく難しいですよね。

でも、網野の人たちは動いた。
そういう人達なんです、網野の人たちは。

誰よりも浜のことを想い、浜と共に生きてきたと胸を張って言う。
こんだけ自分の故郷を想えるって本当に素敵なことやなって思う。

そういう強い想いが琴引き浜を守り、街を創るんやな~って思った。

コンサート打ち上げ飲み会に自ら志願して参加した甲斐がありました。
網野の人たちと話すことができて本当に良かった。
むしろこの話を聞く事がドンが網野に行く本当の意味ではないだろうか、
と思ったぐらい。

去年は何も知らずに新人として「わぁ!綺麗な海だ~!!」と
楽しんだ網野だった。それも網野やし琴引き浜やしドンやし。
あれはあれで最高の網野だった。

でも、今年は本当に本当に網野を知りたいと思って行った網野。
想いが強すぎて多少盲目気味になり仲間には迷惑をかけてしまったり
したけど本当に網野について考えまくった網野だった。

今年ははだしのコンサート初舞台で自身なかなか思うようにいかなかった
けど、来年、再来年ともっともっと想いを表現できるように成長して
この網野、はだしのコンサートには出たい。

まだまだ未熟。想いを形にできない!はがゆい!!

普段「技術よりも想いが大事なんや」って言うてる僕が初めて
太鼓を打つ技術が欲しいと思った。全然足りない!技術が。

想いを伝えるための技術は必要だなと思った。単純に。

くそっ、来年こそは!!!(あっ、今年は今年で全力でしたよ。)
でも、もっともっと僕はできると思う。

これからもずっと網野が元気な街でありつづけて、
琴引き浜が綺麗な浜でありつづけて、
はだしのコンサートが続いてくれますように。

そして、できればずっと僕もつながり続けれますように。。

毎年ドンに貸してもらってる社務所です。


ゴミとかで海や浜が汚れると砂は鳴かなくなります。
ずっとずっと守っていかなければならない人間の宝です。琴引き浜。
そんなはだしのコンサートにドンが毎年呼んでもらってる、光栄です。
これからもずっと網野とつながっていたいです。



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プロフィール

和太鼓ドン

Author:和太鼓ドン
立命館大学の学生をはじめ、京都の学生を中心として活動している和太鼓サークル、和太鼓ドンです。太鼓を叩いて踊って唄って、日々を過ごしています。活動範囲は日本全国。京都生まれ日本育ち。

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